スピリチュアル・ティーチャー❤マダム景子

第二話:ある男の野望

ベートーヴェンのピアノソナタ8番の2楽章が、ベッドのサイドテーブルの上に置いてある、携帯から流れ始めた。

「はい、もしもし」

「もしもし、景子さん」

「どうしたの?こんなに朝早く」

「実は景子さんに見てもらいたいって言う人がいるんだけど」

「あっそう、それで?」

「ただ、その方の家まで来てほしいらしいのよ。今週どうかな?」

「今週の水曜なら・・で、何処まで行けばいいの?」

「じゃぁ、相手の都合を聞いてから、また連絡するね」

水曜日の午後三時、景子は家の前で待っていた、知人の典子の赤いフェアレディZの助手席に乗った。車内はラベンダーの香りがして、リラックスした雰囲気の中で、並木道の通りをドライブするのも偶には良いものね等と、典子との会話を楽しんでいた。

「それで、今日私に見てもらいたい人って何方?」

「その方の家に着いたら話すわ」と言って典子は車のアクセルを少しだけ踏み込んで加速した。閑静な住宅街を通り抜けると、典子は携帯を手にとって、「典子ですが、もうすぐ家の前に着きます」玄関の前に着いたら、門をお開けしますので、お入り下さい。と、携帯から相手の女性の声が漏れ聞こえてきた。玄関には車寄せがある程の古い重厚な屋敷で、玄関の前で車を停めると、一人の男が待っていた。典子はその男に車のキーを手渡すと、その男に尋ねた。

「会長は奥の書斎ですか?」

「お待ちしておりました。ご案内致します」と、玄関から一人の女性が現れて、薄くらい廊下の奥にある、書斎のドアをノックした。

「あ客様がお見えになりました」

書斎の椅子に腰掛けて、開いた本のページの上に眼鏡をはずして、こちらを見た。「お忙しいところご足労おかけしてしまって、申し訳ありません」

「いいえ、こんな素敵なお屋敷に来られるなんて」と言って景子の方を見て、「この間、話した景子さんです」と、典子が景子を会長に紹介した。

「あなたが景子さん・・あなたの話は典子さんからよく聞いています。さぁどうぞこちらへ」と、書斎の奥のプライベートルームに二人は通された。

「ここで静かにあなたの話を聞きたい」と会長が景子の方を見て言った。

「素敵なお部屋ですね」と景子が壁に掛かってあるモノクロの風景写真を見て言った。

「写真が趣味でしてね。その写真は去年の冬に近くの公園で散歩していた時に撮ったものです」

「とても素敵だけど、何故か寂しい感じがします」

「あっ紹介が遅れましたが、私は製薬会社を経営している、大竹と言います。私の名前を聞いたことがあるかも知れません」

「勿論存じています。大竹製薬を知らない人はいないでしょう。それで・・今日私にお聞きになりたいのは、今後のビジネスの事ですか?」

「ええ、まぁ」と大竹が答えた後、景子の右手中指のブラックストーンの指輪に悲しそうな顔をした女性の顔が映っていた。
「何かありそうね・・」と心の中で呟いた後、景子は、大竹の心の中へ入って行った。

廊下の奥の階段を降りていくと、何か異様な臭いがした。その部屋の扉の奥で、大竹が何やら薬品の調合をしているようだった。
「ここで何をされているのですか?」

「薬品の開発です。私の幼い頃の夢は、医者になることでした。しかし私は父の会社を継いだ。人の命を救う事に変わりはないと、考えたからです。ですが、父が亡くなったあと、私は見てはいけないものを見てしまった。」

「見てはいけないもの?」

「ええ、そのことでずっと苦しんでいます」

「そうですか」景子は、その時、リングに映っていた悲劇の意味が分かった。

「それで後悔を・・」

大竹は黙ったまま下を向いた。

景子は降りてきた言葉を拾い集めて、大竹に伝えようとした。

「これから御社の考えている構想は人類に悲劇をもたらします」

大竹はそれ以上何も話さなかった。
景子は地下の階段を上がって、大竹の心の中から出てくると、ゆっくりと目を開けて、大竹の方を見て言った。

「これで鑑定は終わりですが、他になにかお聞きになりたいことはございますか?」

「いえ、ただ、この流れは誰にも止められない」と言って大竹は書斎を出て行った。

それから半年後、大竹が自宅のベッドで亡くなっているのが発見された。

その日の夜、マダム景子は行きつけの居酒屋で、ニラ玉とキスの天婦羅をあてにビールを飲みながら、自身のユーチューブチャンネルについて考えていた。とりあえず顔出しはNGにしておこうと・・・

つづく

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