孤独なスタンダップ・コメディアン

第一話:孤独なスタンダップ・コメディアン/日下部 剛 登場の巻

君達は、マンハッタンの摩天楼を一望できる億万長者が住んでるようなペントハウスに暮らしてみたいと思うかい?

その質問に対して、俺の答えは、Noだ。もし、夜中にお化けが出て来て、追いかけられたら、逃げ切れる自信が無いからね。豪邸は広すぎて玄関までの距離が長いから、逃げ遅れたら、お化けに捕まえられて、身体に乗移られたら大変だ。

では、ワンルームのアパートならお化けが出ないのかって?
答えはYES。
何故かって?
その答えは簡単だ。お化けが寝るベットが他に無いからさ。あっハッハッハッ(会場シーン)
さて、お化けの話はこれでオシマイにして、今日のお題は・・・・

舞台を終えた日下部は、楽屋で一人考えていた。「俺の笑いは理解されない・・」その時、楽屋の扉をノックする音が聞こえた。「タケちゃん。サッちゃんだけど、入っていい?」日下部の付き合っている彼女の幸代の声だった。幸代は日下部より7つ年上の52歳で、自分で自分のことをサッちゃんと呼んでいた。「そこで、たこ焼き買うてきたんやけど、食べへん?」と真黒な口紅をべっとりと塗った、幸代が日下部の方を見て言った。「今、腹減ってないから、一個だけおいとって、後でチンして食べるから・・・・」

日下部はイメージしていた。超満員のステージで、爆笑の渦の中に包まれた自分の姿を。それだけが、唯一ネタを書き続ける原動力になっていた。日下部が幸代のアパートに転がり込んでから、もうすぐ3年が経とうとしていた。日下部は幸代のスーパーのレジ打ちのパートの稼ぎで何とか食いつないでいたから、幸代の真黒な口紅については、見てみない振りをしていた。日下部はここの舞台で、ネタをやるようになってから、7年が過ぎていたが、未だに鳴かず飛ばずの日々が続いていた。そんな日下部の事を幸代は一生懸命に支えていた。

日下部は外の空気に触れたくて、楽屋の裏口から外に出て、煙草に火を付けたその時、暗闇から現れた男が日下部に声を掛けてきた。

「あなたが手に入れたいものはなんだ?」

「あなたは?」

「私はあなたの欲しい物を手に入れることが出来る」

「私の欲しい物?」

「そう。それも簡単。ただ、」

「ただ?」

「あなたは私と取引をしなくては、ならない」

「取引?」

「そうだ。悪魔との取引・・」そう言って、その男は日下部に何かを耳打ちして、夜の闇に消えて行った。

それから三年後、日下部は、超人気のコメディアンの座を手に入れていた。

「日下部さん。出番5分前です」この劇場で時給1250円でアルバイトをしてる松浦が日下部を呼びに、楽屋の扉をノックした。
「はい」日下部はゆっくりと立ち上がって、静かに真っ白のパンツ一丁姿になって、赤の蝶ネクタイを1つ、ガムテームでそのパンツの前面に貼り付けた。ネタの落ちで”僕からのプレゼントだ!受け取って欲しい”と言って笑いを取ろうと、考えに考え抜いたギャグを披露する為に、アントニオ猪木が来ていそうなガウンをその上から羽織って、周囲の人達にウインクをしながら、舞台へと消えて行った。松浦が日下部を見たのは、この夜が最後だった。
次の日、日下部は幸代のアパートの寝室で遺体で発見され、日下部の遺体は警察へと運ばれて行った。遺体解剖のためにという理由であったが、実は、日下部は死んだことにしてくれないか?という裏の取引を、ある者達と交わしていたのだった。

つづく。

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