地上に降りてきた者達のブルース:第1話

あらすじ:
占い好きが高じて占い師になった女と、売れないスタンダップコメディアンの男が、使命という重りを着けてこの地上に舞降りて来た。所謂、スターシードと呼ばれている男女である。周りの人からは変な人等と、馬鹿にされ、誤解され続けながらも懸命に生きて行く。やがて二人は出会い、恋に落ちそうになるが、辛うじて落ちないかもしれない。そして二人は、お花畑的平和社会実現のため、新会社Flower Garden(お花畑)を設立。悪戦苦闘する健気に生きる人類を救済すべく立上り、世界中の識者をも巻き込みながら、史上最強のスターシードネットワークを駆使し、命は掛けないが、それ相応の時間と労力を費やす、世界平和プロジェクト。『世界お花畑計画』を始動させる。

登場人物:
コメディアン:日下部 剛
占い師:恵子

第一話:可愛い子には旅をさせろ!地上に降りてきた者達のブルースが聴こえる。

遠い遠い昔の話の物語。宇宙の遥か彼方から、聞こえてきたメッセージをあなたは覚えているだろうか?

「スターシードよ!開拓者達よ!今、長〜い長〜い眠りから目覚めよ!」

空から稲妻が墜ちて地が割れたかどうかは分からないが、とにかく、男はある満月の夜、黄色い目をした緑の龍が目を覚ます夢を見た。男はこの日、紛れもなく、誰がなんと言おうと!覚醒したのだ。

人は地上に降りてくる前、天国で、ある契約を交わしていると言うことをご存知だろうか?誰人もこの契約を履行しなければならない。契約を反故にした場合、この地上から強制退去させられてしまうので、契約書には必ず目を通しておかなければならない。ただ、生命保険の契約書のように都合の悪い事は、契約書の裏面に虫眼鏡で見ないと読めないような、小さな字で書かれてあるので注意が必要である。

「貴方は、確か、貧しい家庭で生まれ、育だち、物心ついた頃から、母子家庭で鍵っ子。ですが、健康には恵まれて、長寿を全うする人生、職業は、幾つかの職を転々とした後、起業する。ざっくりですが、このような人生で、男性志望でしたね?」

「あっはい」

「最近、貴方のような選択肢をチョイスする方が増えていましてね」

「そうなんですか?」

「えぇ。まぁ最初に苦労しといて、歳とってから楽したいっていう考えなんですけどね」

「はぁ」

「心配なさらなくても大丈夫です。定員にはまだ若干の空きが有りますので、」と言って、その魂の前のテーブルの上にファミレスのメニューぽいのを置いた。

「苦労系でも色々とありまして、幼い頃に両親を亡くす(パターンA)から不慮の事故による闘病生活(パターンB)、それから、無実の罪で投獄される(パターンC)等、幼少期、青年期、壮年期とあなたの望みの人生を、カテゴリー別にお選び頂いて、結構です。幾千通りの人生がこのメニューから、あなたオリジナルの人生を組み立てる事が出来ます。こちらの資料の各欄のチェックボックスに黒の鉛筆でチェック(レ点)して下さい。提出期限は来週の月曜日の消印まで有効ですので、お間違えのないように、ここまでで、何かご質問はございますか?」

「ひとつ気になったのが、無実の罪で投獄される(パターンC)についてもう少し詳しく知りたいのですが?」

「なるほど。ただ、このパターンCについては、相当の覚悟が必要です」

「覚悟?」

「そうです」

「具体的には?」

「無実の罪で投獄される期間は、約10年」

「10年・・」

「投獄中には、他の囚人及び刑務官の暴力によって、殺されてしまうケースも有ります。それと、性的暴行も覚悟しておかなければなりません。当然、誰も助けてくれません。そういう過酷な状況の中を死物狂いで、生き延びていかなくては、なりません。ただ、その地獄の苦しみを体験した後は、いい事だらけですがね」

「その後は、無実が証明されて釈放されるってことになるんですよね?」

「勿論です。それだけではありません。全世界のマスコミに取り上げられて、多額の賠償請求も勝ち取る。高額のギャラで講演会にひっぱりだこになるでしょう。要するに億万長者になれるということです」

「過酷ですが、億万長者になるのも捨てがたい・・」

「まぁゆっくりとお考えになってみて下さい。出発の日時が決まり次第、こちらからご連絡させて頂きます。尚、地上に到着した時点で、ここでの契約内容は、あなたの記憶から抹消されますので、予めご了承下さい」

「よろしくお願いします」と言って、その魂は、チキンラーメンにかけた熱湯の湯気が換気扇に吸い込まれて行くかのように消えていった。

何十年も前の春、男はこの地上にたどり着いた。名は剛。日下部 剛の誕生である。仰向けに眠っていた赤ん坊が、この世で初めて見たものは、天井板の木目模様だった。古い長屋の家の畳の上でいくら藻掻いても、身動きがとれない。こういう時、赤ん坊は泣いてママを呼ぶことも初めて知った。物心がついた頃、両親が共働きだったこともあって、鍵っ子の剛は、何時もひとり家で、怪獣の消しゴムで怪獣ごっこをして遊んでいた。この頃から孤独を愛するというか、「な〜んか落ち着くんだな~こういう感じ」なんて人生を歩んでいくことになる。

30を過ぎた剛は、定職に就かずバイトをしながら、未だに作曲家になる夢を捨てきれずにいた。今夜もひとり街を歩いていると、ある小さな古ぼけたBarの前で足が止まった。何となくふらりとその店に入ってみた。店の奥には小さな舞台がスポットライトに照らされていた。暫くすると、ひとりのコメディアンが出てきた。店の常連客の疎らな拍手がNetflixのドラマで見かけるシーンのようで、何となく、ドラマの主人公の気分で、ウイスキーをショットで二杯、一気に飲みほした。剛は舞台からすぐ側のテーブルの椅子に腰掛けた。

「やぁ〜皆んなは、10年履ける神パンツって、知ってるかい?俺はいつも10年物の神パンツを履いている。勿論、未だにパンツのゴムは伸びちゃ〜いない。なので、横からはみ出す心配はゼロってわけ。アッハッハッハッハッハッ」

店を出る頃、時計の針は午前0時を回っていた。少しは飲みすぎて、千鳥足でようやく通りにまで出ると、タクシーが目の前に止まった。

「お客さん、どちらまで?」

「とりあえず自宅のベットまで」と言って、剛は気を失うように後部座席で、夢の中へと入って行った。

剛は未だ迷っていた。クロスロードにひざまずいて、ひとり祈っていた。「どうか哀れな我を救い給え!」その時、激しい風が吹いていて、砂煙が辺りの視界を遮っていたから、この道の先に立っていた人の姿が微かにしか見えなかった。黒いスーツを着て、黒い帽子を被った道先案内人の老人がこちらを見ていたのを。春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎようとしていたある日の夕方、またその店の前を通りかかった。剛は開けっ放しの入口のドアの隙間から店内を覗き込むと、ひとりの老人が開店の準備をしていた。剛は、店内に入ると、その老人は剛の方を見て、


「未だ準備中なんで」


「いや、今年の春頃に、この店に来たんですが、未だあの時のコメディアンは出てるのかな?」


「コメディアン?あ〜今はもう居ないよ」


「あ〜そうですか」


「今日なら空きがあるから、出演したいのなら今晩の9時においでよ?」


「あっいや、はい・・」


剛は予期せず、この店の舞台に立つことになってしまった。後日、剛はこの店の老人の事を、夢で見たクロスロードに立っていた、道先案内人のように見えたからと、語っていた。

自宅のソファーで、だら〜んとしながら、少しぼんやりと考え事をしていると、本棚のウディ・アレンの短編集の表紙と埃を被った安物のウクレレが視界に入ってきた。お気に入りのシドニーベシェットの曲を聴きながら、ビールを一口飲んでから、クローゼットを開けて、お気に入りのシャツが掛かったハンガーを手にとって、ソファーの上に放り投げた。その時、鏡に写った、剛の顔はニヤッとしていた。たった今、アイデアが降りてきたから。今夜のステージのネタが・・

久しぶりに自宅の車庫のシャッターを開けて、ペパーミントブルーのミニクーパーに乗り込んで、エンジンのキーを回した。その時、助手席に置いてあった携帯に着信のベルが鳴った。幸代だった。


「もしもし、剛ちゃん」


「あーどうしたの?」


「今どこ?」


「今晩の9時にステージに立つ事になって」


「何処で?」


「店の名前は、確か・・MAXっていう店」


「MAX?」


「あぁ、また掛け直すよ」ハンドルを切って、店の近くのパーキングに車を駐めた。助手席に乗せてあった、ウクレレを手に取って、ポロンと鳴らしてみた。3つほど覚えていたコードで曲をこしらえた。

店の控え室の壁には過去の出演者のサインの落書きが一面に書かれていた。剛はテーブルの上にあったペンを取って、自分も即興でグチャグチャっとサインをした。時計の針は午後9時5分前、人生初の舞台の幕が今夜、上がる。
ステージ中央のマイクスタンドにスポットライトが当たった。出番だ。剛は黒いハットを頭に載せて、マイクの前に立つと、常連客が疎らな拍手をくれた。ウクレレでさっき作った曲🎵What are you talking about?を口ずさんだ。
🎵何を仰ってるんですか?
🎵何を仰ってるんですか?
🎵何を仰ってるんですか?🎵あなた〜は
🎵チャッチャッチャッ
ウクレレを爪弾きながら、話始めた。
「皆んな、ある男が履いていた、黒の履き古したパンツって知ってるかい?10年もの間、千数百回も洗濯機のドラムの中で、洗剤まみれになりながらも辛抱強く、その男の大事な部分をただひたすら覆って生きてきた。愛しい黒の神パンツの話だ」

「黒のパンツだぁ~」常連客からヤジが飛んだ。

「その男はその黒のパンツの他にも数枚パンツを持ってはいたが、黒の履き古したパンツをこよなく愛していた。それは何故か?聞いて驚くなよ!10年以上も履いてるのにだ、10年以上だぜ!それなのに、ゴムが一切!伸びてない!これは奇跡だと思わないかい?ゴムが伸びないパンツなんて、今まで聞いたことがなかったからね、その男は、その黒のパンツの虜になってしまった。毎晩、風呂に入る時もその黒のパンツを見つめながら、脱衣所のかごにそっと掛けて、余り負担は掛けたくなかったが、中2日の登板で回していた。何故かって?そのパンツを履いてる日は、すこぶる調子がいいからさ!明日もこのパンツを履いて頑張るぞという気になるわけよ。分かるかな〜分かんねぇ〜だろうな〜。それに何と言ってもゴムが伸びていないので、横からはみ出す心配は全く無し!10年も履いているのにだ!それである日、この子の弟を見つけてやろうと、アマゾンで検索したんだが、どうしても見つけることが出来なかったんだ。10年ひと昔、時代は変わっていた。その男は考えた。このままだと、そう遠くないうちに、このパンツとお別れする日が来る。そうなれば、俺様のアソコは誰が守ってくれるんだ。そう考えると夜も眠れない。ある日の朝、目が覚めると、俺はスッポンポンでベットで眠っていた。『あれ、黒のパンツがない』すると当時、付き合ってた彼女が俺にこう言い放った。『すり減ってたから捨てたわよ』俺はというか、俺のアソコは、もうダメだこれ以上、生きていけない。というか、俺のあそこが小さくしょぼんで泣いていた。俺は諦めきれずに、部屋を飛び出して、街中を探し歩いた。『俺のパンツ!何処だ!』日も暮れて、疲れ果てて部屋に戻ると、彼女は出て行って誰も居なかった。サヨナラ!愛しのパンツ!こんなに早く別れが来るなんて!それから暫くして、別れた彼女の付き合ってる男が、黒の神パンツを履いていたという話を風のうわさで聞いた。今日はここまでだ。皆んな!これ以上、笑いを堪えるのはやめてくれ!」と言って、最後にテーマ曲の🎵what are you talking about?を歌って、眩しくステージを照らしていた、スポットライトが静かに消えた。その時、客席でクスッと誰かの笑い声が聞こえた。初舞台にしては上出来だ。剛は控え室に置いてあったウイスキーを1杯だけ飲んだ。


「良かったよ。パンツの話が少し長かった感はあるが、後ろの客で一人笑ってるのがいたよ。良かったら、また来週もおいでよ」

この店の主が、控室に入って来て言った。剛は思わず、「俺の笑いは・・」と言いかけたところで、

「毎週火曜なら空けとくよ」


こうして剛は毎週火曜日の夜、この店のステージに立つことになった。

剛がこの地上に降りてきた数年後の、何十年か前の冬、女はこの地上に舞い降りて来た。母はその子に恵子と名付けた。後のスピリチュアル・リーダーとして名を上げる、マダム恵子である。恵子は幼い頃から、読書に勤しみ、小学校の頃には世界文学全集等は読破していたから、近所の人は皆、恵子ちゃんは将来、偉い先生になるのではと、噂していた。赤の額縁の牛乳瓶の底のようなぶ厚い眼鏡をかけて、何時も何か考え事をしているように見えた。学校ではちょっと変わってる子だと言われ、イジメにあった時期もあったが、どうも子供らしい遊びが恵子には、合わなかった。ある日、恵子は占いの本を読んだのがきっかけで、10歳の誕生日に母に頼んで、タロットカードを買ってもらった。恵子は学校から帰ったら、毎日、自分の部屋に閉じこもって、タロット占いに没頭した。この時から少しずつ恵子は不思議な夢を見るようになっていた。17歳になる年の夏休み、恵子は、西洋占星術を熟知していたし、人の心の中を読めるようにもなっていた。ある人に聞いた話では、当時、7割方は当たっていたらしい。
成人した恵子は、会計士事務所に就職していたが、1年で仕事を辞め、独学で習得していた語学がスペイン語だったこともあって、単身スペインへ飛んだ。後日、恵子は、この時の心境を、引き寄せられるように、気が付いたら、スペインのマドリード行きのジェットに乗っていた。と語っていた。

スペインでの暮らしは、今まで想像もできない程、恵子にとって自由で刺激的だった。毎日、街を散歩して街並みを楽しんだり、カフェでお茶しながら、スペイン語版の占星術の本を読みふけっていた。ある日、いつものカフェでお茶を飲みながら妄想にふけっていると、見知らぬ女性が声を掛けてきた。


「あなたどちらの国からいらしたの?」


上品な言葉使いで、ファッションセンスもシックで好感がもてた。
「vine de japon/日本から来ました」

と答えると、その女性は恵子の目を見ていった。


「もうすぐ素敵な事が起こるわよ。楽しみにしていなさい」


「どうしてそんな事が?」


「私には見えるのよ。不思議でしょ。占星術に興味あるの?」


「えぇ。少し」


「そう。一度遊びにいらっしゃい」

と、ニッコリ笑って、その女は恵子に名刺を渡して店を出て行った。名刺にはastróloga señora maria/占星術師:マダム・マリアと書いてあった。次の日、滞在していたホテルの近くに昨日カフェで出会った、マダム・マリアの住いがあった。少し躊躇ったが、玄関のベルを鳴らすと、「Quién eres/どちら様ですか?」と、扉を開けて部屋へと招き入れてくれた。

「来ると思ったわ」

マリアはニッコリと微笑んで、

「昨日は突然、驚かせて御免なさいね」

と言って、居間に案内してくれた。書棚にはギッシリと占星術に関する書物は並べられいた。ソファーに腰掛けると、「どうぞ」と言って、レモンバームのハーブティーを入れてくれた。とってもいい香り。少しの間、ぼーっとして辺りを見回していると、


「ここにはいつまで滞在する予定なの?」

「特に予定は・・」

「そう、なら、暫くの間、家で私の仕事を手伝ってくれないかしら?」

「仕事って占星術師の?」

「ええ、そうよ、あなたさえ良ければ、奥の娘の部屋を使って貰っても良いんだけど」

「娘さんの部屋を?」

「心配しないで、娘は私より先に天国へ行ってしまったから、ここには居ないのよ」
次の日、恵子は滞在中のホテルを引き払って、マリアの元での生活を始めることになった。

恵子はここでの生活が、とても気にいっていた。マリアは自分の事を実の娘のように可愛がってくれた。毎日、居間にある本を読んだり、マリアの側に座って、ここを訪れてくる人の鑑定を観察しているのが、とても楽しかった。

ある日の朝、マリアは、キッチンでコーヒーを飲みながら恵子に、
「今日は大事な方がお見えになるのよ」

「大事な方?」

「ええ、政財界で有名な方よ」

「そんな偉い方がここへ?」

「そうよ、先の判断に迷うと、ここへ来て私に助言を聞きに来られるの。大物と言われる人程、孤独なのよ」

「孤独?」

「ええ、そうよ。そのうち分かるわ」

その日の午後は、とても爽やかな風が流れていたので、テラスのテーブルに昼食の用意をして、庭で摘んだラベンダーをグラスに浮かべた。マリアはとても料理が得意だったので、恵子は毎日の食事が楽しみだったが、この日のランチは、スペシャルメニューだった。マリアは、居間にある古いレコードプレイヤーの針を落とし、チェット・ベイカーの曲を流して、その日の大事な客人を待っていた。午後12時5分すぎ、玄関のベルが鳴った。

「お待ちしておりました」
と、マリアは客人をテラスに用意した、テーブルの席に案内すると、

「お久しぶりですね、先生」

と言って、グラスにシェリーを注いだ。

「有難う、ここに来るのは2年ぶりかな?」

「時間の経つのはあっという間ですね」

「私も歳をとったが、未だ色々とやり残した事があってね」

「それで未だ迷ってる?」

「まぁ、そんなところだ・・」

「さぁ、料理が冷めないうちに召し上がって下さい」
マリアは隣の席に恵子を呼んで、

「最近、家で仕事を手伝ってくれている子なんです」
と、恵子を紹介した後、

「彼女は人の心の中に入っていく事が出来るのですよ、先生」

「心の中にかね?」

「ええ、先生の心の中に入ってもらいましょうか?」

「それは遠慮しとくよマダム、今は心の中には誰にも入られたくない。少し疲れているんでね・・」

「それはごめんなさい」と言って、シェリーをも一杯グラスに注いだ。

「あー美味しかった。ご馳走さま。やっぱりここへ来て良かった」

「そう言って頂けると嬉しいですわ。直ぐにお茶を煎れますので、中へ入って、寛いでいて下さい」

ハーブティーを入れたガラスのカップを居間のテーブルに置くと、部屋中に癒やしの香りが漂い始めた。

「それで・・今日の鑑定は必要有りそうも無いですね?」

「そのようだね、気持は決まったよ。ここへ来ると、何故か何時もこういう気分になるから、不思議だ・・」
と言って、玄関の前に停まっていたリムジンに乗り込んで帰って行った

「お疲れ様。今日の仕事はこれで御仕舞よ。今晩は街へ出て、あなたの知らない、この街のとっておきの場所を案内してあげるわ」

その日の夜の街は少し小雨が降っていた。この季節の小雨は優しく肌に触れる感じが、とてもいい気分にしてくれる。傘をさす必要もないから。マリアは食事の後、恵子を街の裏通りにある、ナイトクラブへ連れて行った。店に入って行くと、
「あーら、先生、お久しぶりね」

と、出番を終えたダンサーの男が、マリアに近寄って来て、挨拶のキスをした。

「その娘、誰?」

「私の助手よ」

「へー可愛い子ねぇ」

マリアは、カウンターの前で、ジントニックを2つ注文して、ステージ中央の後ろのテーブル席に座った。恵子は店内を見回して、

「ここは?」

「たまの息抜きに来るのよ。もうすぐステージが始まるわよ」

と、運ばれてきた、ジントニックのグラスに口をつけた。
店内のダウンライトが消えて、スポットライトが、ステージに当たると、一人の男がマイクの前に立っていた。今夜メインのショーが始まった。恵子は初めて見るショーの迫力に驚いた。特にタップを踏む音は、家に帰る道すがら、耳から離れなかった。

「楽しかった?」マリアは恵子を見て言った。

「ええ、とっても」

「それは良かったわ」

それから数ヶ月、マリアは精力的に仕事をこなしていた。その間、恵子は熱心にマリアの仕事ぶりを観察していた。マリアのもとに来てから、一年が過ぎようとしていた頃、「私の仕事の全ては、あなたに伝えたわ。この先のことは、あなたの考えで、決めることね」と、マリアは恵子に言った。その時、恵子は日本に帰る事を決めた。

第二話につづく。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です