元祖!代弁屋!坂田義郎

第一話:帰ってきた代弁屋

近所の下駄屋の店先には下駄が三足程、揃えて陳列している他は、店の奥には、山のように箱から出した下駄を積上げて、毎日、朝から夕方まで、お婆さんが、店の前で椅子に腰掛けて、通り行く人の、足元を眺めながら、店番をしている。ここ数年、下駄が売れたという話は聞いたことがない。何時もと変わりない、寂れた道幅3メートルにも満たない、店も疎らな商店街。

「今日も暑いね」

自販機で買った、昔懐かしの”ひやしあめ”を一口飲んで、そのお婆さんに声を掛けた。その男の名は、坂田義郎。職業は代弁屋。この辺りで代弁屋として、名を上げていた、坂田二郎は腹違いの弟で、二人は犬猿の仲だったこともあって、「元祖代弁屋は俺だ。あいつは唯のイカサマ野郎だ」等と、次郎の事を毛嫌いしていた。義郎は、二郎と違って人が良いと言うか、商売下手だったので、クライアントも小口の客ばかりで、未だに、古い四軒長屋に住んでいたから、薄い壁一枚隣の若夫婦の喧嘩を聞くのが毎朝の日課になっていた。

また朝から喧嘩か・・昨晩は仲良さそうにしてたのに・・」机の上に外した老眼鏡を置いて、お茶を一杯飲もうとした時、ガラガラッと玄関の引き戸を開けて、「代弁屋の坂田はんのお宅は、こちらでよろしかったんでしょうか?」と、ここは京都の四条河原町じゃないのか?と錯覚するくらい、それっぽいイントネーションで、和服姿なら完璧にそっち系の女かと思ったが、服装はユニクロのスリムのジーンズを履いていて、これ伸びーるから履いてて楽なんですよねぇ、てな顔をした女が玄関に立っていた。因みにこの日は、七月の暑い日だった。

「はい。そうですが、誰かの御紹介ですか?」

「あっいえ。玄関の前の貼り紙を見たもので・・代弁屋って、私の言いたい事を代弁してくれるんですよね?」

「えぇ、まぁ。どうぞ中へ少し散らかってますが、お茶でも入れましょう」

「あっいえ、そこの自販機で昔懐かしのソーダを買ってきたんで、ここで飲んでもいいですか?」

「どうぞ、それで、私に代弁して欲しい相手は、どなたですか?」

「あっはい。実は・・どうしても許せない人がいて・・・」

「許せない人?」

「はい」

「それで?」

「以前、勤めていた会社の上司で・・」

「パワハラか何かですか?」

「それもありますが、それだけではありません」

「なるほど、深い事情が有りそうですね?最近、この手の依頼が多いもので・・それで、あなたも会社を辞められたのですか?」

「はい。若い頃から広告代理店で仕事をするのが夢で、今まで頑張って来たんです。それなのに・・」

「分かりました。出来るだけ詳細に、この代弁書用紙に内容を記入して下さい。後はこちらでまとめさせて頂きますので、勿論、個人情報は厳守しますので、ご安心下さい」

「はい」と言って、彼女は時折、涙を浮かべながら、代弁書にペンを走らせていた。

「書けました・・これで良いですか?」

「ちょっと見せて下さい」坂田はA子さんの代弁書を読み終えて、A子さんの目を見てこう言った。

「成る程、随分と嫌な思いをされたようですね。私が責任を持って、代弁させて頂きます」

今回の代弁相手は、某広告代理店の部長、小手河原 盛夫(こてがわら もりお)52歳。趣味は魚釣と麻雀。妻と1男1女の4人暮らし。住宅ローンの残高が約1000万。妻に内緒のへそくりは、約250万。愛人に貢いだ累計額は、約500万円。現時点で、ここ10年のキャバレーでの飲み代の合計は約1000万円では、効かないだろう。

早速、小手河原が行きつけのキャバレーで、坂田は、小手河原が現れるのを待っていた。小一時間程すると、可なり酒によった小手河原が、上機嫌で店に入ってきた。坂田は、小手河原の席へ行って、「お久しぶりですね。良かったら一緒に飲みませんか?」と話しかけた。小手河原は、「何処でお会いしましたっけ」とロレツの回らない口調で首を傾げていたが、坂田は透かさず、「随分と前になりますが、この店で、まぁ硬いこと言わずに今晩は飲みましょう」
「まぁいいや。パーっと飲みましょう」と小手河原は、相当、酒に酔っていたのか余計な事を、坂田にペラペラと喋ってしまっていた。坂田はもうこれで充分に裏は取れたと思い、最後に、少し暑いなぁと言いながら、ハートの入れ墨が良く見えるように、ワイシャツのボタンを外した。それを見た小手河原は、「珍しい入れ墨ですね」

「えぇ、よーく覚えておいて下さい」

代弁当日の朝、坂田は、A子さんの勤めていた会社がある、高層ビルの前に立って、大空を見上げて、坂田は呟いた。「今日も無事、噛まずに代弁出来ますように」ビルのエントランスを抜けて、エレベーターで、最上階のフロアーに上がると、廊下の右奥の会議室に向かって歩いて行った。会議室ではこの日、早朝から朝食会という名の経営者会議が行われていた。

「他に何か意見の或者は居るかな?」と、社長がその問題の小手河原部長の方見た時だった。秘書が一通のFAXを手に持って、会議室に入って来て、その用紙を社長に手渡した。

「私宛に小手河原部長のパワハラ疑惑についてという、怪文書が出回っているという噂だが、このFAXに見に覚えはあるかね?」と、社長はその怪文書のFAX用紙を会議室の机の中央に置いた。その時だった。会議室の扉をノックする音が会議室に鳴り響いた。

「今、会議中なんだが、急用かね?」

と一人の重役が答えると、ゆっくりと扉を開けて、重役たちの顔をさっと見回してから、名調子で、且つ冷静に話始めた。

「ちょっと待ったりや!サンガリア!!!その件について!私、坂田義郎が、責任を持って、ご依頼人様に成り代わり、代弁屋の端くれとして、その名に恥じぬよう、以下のように代弁させて頂きますので、粗茶でもお召し上がり頂きながら、お聞き入れ頂ければ幸いに存じます。先ず、先程からご案内の怪文書の内容は、ご依頼人のA子様から、お預かりしております、代弁書のことでありまして、ここで僭越ながら、私が代弁させて頂きます。

代弁書。小手河原部長殿。

代弁日時、令和5年6月6日8時13分21秒。

代弁No.11497326 :貴殿は上場企業の部長というポストを利用して、部下であるA子さんに対し、事あるごとにセクハラ&パワハラを繰り返し、今までも多くの女子社員を退職へと追い込んだ、こちらが過去に貴殿のパワハラによって、やむなく退職させられた、37名の血判状です」と言って、血判状をテーブルの上に叩きつけた。「こちらの37名の退職者の被害内容については、代弁書の付録に詳細にまとめてありますので、後ほど目を通しておいてくれ給え!この恨み、晴らさでおくべきか!以上、甚だ簡単では御座いますが、A子さん他37名、小手河原被害者の会を代表して、代弁させて頂きました。ご静聴有難う御座いました」

「アッハッハッハッハッ」と小手河原部長は笑いながら、その怪文書を手にもって、ビリビリに破いた後、こう言い放った。

「証拠なんて何処にもないだろう。セクハラだパワハラだなんて言われても、私には見に覚えがありませがね」

その時、坂田は凄まじい形相で、こう言った。

「往生際の悪い野郎だ!このハートマーク❤吹雪が目に入らねーか!」と遠山の金さんのように着物の袖から手を通して、右上半身の入れ墨を良く見えるようにダークダックスぽく、ちょい横向きで、右足をドンと前に出し、小手河原を見て歌舞伎の見得を切るスタイルで言いたかったが、あいにく着物ではなく、スーツを着ていたので、上着をサッと脱いで、白のワイシャツのボタンを外して、ハートマーク吹雪が見えるようにした。

小手河原は、「あっそれは!」と驚いた顔で「違うんだ!ちょっと待ってくれ!」と必死で言い訳をしようとしたが、間髪入れずに、坂田は言い放った。

「観念しやがれ!小手河原!この者をひっ捕らえろ!」と坂田が言うと、奥の部屋からバイトで雇った二人の岡っ引き姿の男が出て来て、小手河原の身体を押さえつけた。

「社長!この男をどうされるおつもりか?」と、坂田は、松平健のお面でも被ってんじゃないの?といった粋な口調で言った。

社長は即答で、「暫くの間、自宅で待機していたまえ」と言って、小手河原を休職処分にした。後日、小手河原は北海道の雪深い出張所へ左遷された。単身赴任での人事異動はこの先、想像を絶する生活となるだろう。

「全て終わりましたよ」と、坂田は、A子さんに告げた。

第一話の終わり。

※「ちょっと待ったりやサンガリア」とは、めちゃめちゃ昔、テレビで流れてた、サンガリアのCM。

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