地下の世界から出てきた男/第二話

第二話:心の傷を磨てくれる靴磨きの店

朝、目が覚めると隣で妻が眠っていた。私は、”お早う”と呟きながら、優しく妻の髪を撫でてやった。窓の隙間から爽やかな秋の風が舞い込んで来て、部屋中はとても良い香りがした。気持ちのいい朝だ。今日は街に出てみよう。何か良いことが有りそうな気がする・・・

私はキッチンで、朝の日差しを浴びながら、熱いコーヒーを点てていた。

「お早う」と妻の声。

「お早う」

「今日仕事?」

「あっいや。ちょっと用事があって出掛けてくる」

「あっそう」

「なるべく早く帰るから」

「気を付けて」

「うん」と言って私は目を閉じて、”自分の行きたいところは・・・
“あっそうだ!昔、オーダーメイドしたお気に入りの靴を、磨いてもらおう。昔、通ってたあの靴磨きの店に。

確かこの辺りだったはずだ。紳士服の店の隣のビルの地下に、あの靴磨きの店はあった。私は、階段で地下へ降りて通路の奥へと歩いていった。店の前に立って、”まだこの店があって良かった”店の中へ入ると、昔と変わり無くチャーリー・パーカーの曲がかかっていた。”懐かしい”

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」と言って、店主が笑顔で声を掛けてくれた。

「ちょっと仕事で留守にしていたんで」

「そうでしたか。お元気そうで良かったです。こちらへどうぞ」

「有難う」

「今日、お持ちいただいたのは一足ですか?」

「はい。初めてこの店に来た時、磨いて頂いたオーダーメイドのお気に入りの靴です」

「よく覚えています」

「今日は時間があるので、ここで待たせてもらってもいいですか?」

「少し時間がかかりますが、宜しいですか?」

「はい」

「では、そこのソファーにお掛けになってお待ち下さい。お茶をお持ちします」

「あっ・・有難う」

「どうぞ。お口に合うと良いのですが、とてもリラックスできるハーブティーです」

私は、お茶を一杯飲んだ後、目を閉じていると、とても不思議な世界に入って行くような感覚になっていった・・・・

おかしいな・・店の名前は昔と同じなのに、靴磨きの店の看板が掛け変わっていて、”心の傷を磨く店”と書いてある。何の店なんだろう?・・その時、この店の店主が店の玄関の扉を開けて、「中へお入り下さい。お待ちしておりました」と声を掛けてきた。

「私を?」

「はい」

「この店は靴磨きの店では?」

「そうですよ」

「店の玄関の看板に、”心の傷を磨く店”と書いてありましたが?」

「はい。お客様の心の傷を磨く店です」

「カウンセリングか何かですか?そういうのはちょっと苦手なので・・・」

「いえ。ただの靴磨きです。」

「では、どうやって人の心の傷を磨くことが出来るのですか?」と私が尋ねると、店主は、私に「誤解されると困るのですが・・」と前置きした後、店主はこう答えた。「私にはお客様の歩んで来た人生のことは分かりません。私は霊能者ではありませんので、ただ、この靴が今まで歩いて来た記憶を辿っていけば、過去に受けた心の傷を、磨き上げることは出来ます。だから私は靴磨きをしています。お客様の心を磨くのが私の仕事です」と言った後、店主は(ドヤ顔)で私をチラリと見た。

私は心の中で、「このオッサン!名台詞を1回も噛まんと決めよったな!気持ち良さそうな顔をしとるわ!」と心の中で考えた後、

「じゃぁこの靴お願いします」

「お預かりします。そこのソファーにお掛けになってお待ち下さい。リラックスできる特製のハーブティーをお持ちします」

「あっすいません」

それから数分後、店主が靴を磨きながら、何やらボソボソと独り言を言っているのが、聞こえてきた。やはり私の過去の傷を磨くのは大変なんだろうな等と、考えているうちに、過去の嫌な思い出が・・・
あーやだやだ。嫌な事思い出した・・

それから1時間後、店主が声を掛けてきた。

「お待たせしました。いかかですか?」と見違える程、キラキラと輝いた靴をカウンターテーブルの上に置いてくれた。

「生き返ったように綺麗になりましたね」

「久し振りにとても良い仕事が出来ました。あっそれと、お客様の心の傷は何処にも見当たりませんでした。とても綺麗に輝いていましたよ」

「そうですか・・ですが、さっき昔の嫌な思い出を思い出しました。思い出したく無い過去っていうやつです」と私が言った後、店主は笑いながらこう言った。

「それならもうすぐに笑い話になりますよ」

「笑い話に?」

「えぇ。貴方の心はダイヤモンドの様に光を放っていたし、私が磨き上げたこの靴を履いてこの先の人生を行けば、大丈夫です。全て上手く行きますよ。この靴がそう私に教えてくれました」と満面の笑みで、私に答えてくれた。(ドヤ顔で)

私は心の中で又、思ってしまった。「このオッサン!最後の最後まで1回も!噛
みよらんかったな・・名俳優やで!このスケベオヤジが!」と心の中で思った後、

「有難う。今日は来て良かったです」と言って帰ろうとした時、店主が声を掛けてきた。

「あっそれと、1つ気になったのが、この靴の過去を辿っている時、誰かの声が聞こえたんです。過去の記憶を取り戻すように、伝えて欲しいと」

「過去の記憶を取り戻す?どういう意味ですか?」

「それ以上のことは、私には・・」

私はソファーで少しウトウト眠ってしまっていた。

「お待たせしました。出来上がりましたよ。」という店主の声で目が覚めた。

「ハーブティーをもう一杯お持ちしましょうか?」

「あっいえ。もう帰らないと。その靴を履いて帰りたいのですが・・」

「分かりました。すぐにご用意致します」

私はピカピカの靴を履いて店を出た。街はもう夕方になっていて、西日が眩しかった。家に帰る道すがら、夢で見た店主の言葉が、気になってしょうがなかった。
過去の記憶・・・

家の前まで返ってくると、隣の家の奥さんが笑顔で声を掛けてきた。

「お帰りなさい。だいぶ涼しくなりましたね」

「あっそうですね」と笑顔で答えた。

「ただいま」と言って玄関に入ると、妻が玄関まで出迎えてくれた。

「お帰りなさい。その靴買ってきたの?」

「あっいや。靴磨きの店に行って磨いてもらったんだ」

「ピカピカだね。お気に入りのオーダーメイドの靴?」

「あぁ」

「いいなぁ。私の靴も磨いてほしい。その靴を履いて二人でどっか出掛けたいね」

「あぁ。近いうちに食事でも行こう」

嬉しそうに喜んでいた妻の顔を見ながら、私は考えていた・・・

過去の記憶を取り戻さなければならないのか?と言うことについて。

つづく

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